マクラメの物語 紐の魔術

マクラメの物語

編み術の書/マクラメの魔術

KINUKA著

オラクルノット講座では物語にそって講座のレッスンが進んでいきます。全16話が完成いたしましたので第一話をサンプルとして以下に公開いたします。よろしければお楽しみください。

この物語はこれからマクラメを初めてみようかと思っている人、そしてマクラメを通じて繋がっているみなさんに贈る物語タイプのマクラメの教本です。マクラメの教本ではありますが、編み方や作品のレシピについては一切乗っていませんのでご了承ください。

KINUKA

音声版 マクラメの魔術

読むのが面倒な人はこちらをどうぞ。

第一話 マクラメ第3地区

朝 5 時、僕は郵便受けから取ってきた新聞に目を通しながらコーヒーを飲む。 “ザ・マクラメコード”(マクラメの暗号)という名の新聞だ。

コーヒーの香りと湯気が鼻先をくすぐり、徐々に頭にかかった眠気というもやが晴れていく。

新聞の見開き 1 ページ目には「古代シュメール文明の遺跡から、粘土板が出土。結び目が施

された装飾編みが刻印されている事が確認された。これで 32 種類目」という大きな見出しが躍っていた。

写真には32種類目のその装飾編み模様の粘土板と、一緒に発掘されたと思われる楔形文字の粘土板 が掲載されていた。

「また発掘されたのか…。」

僕は独りごちて、コーヒーをすすりながら、古代シュメールの時代を生きた人々が一体どのような意図で編み目模様を遺したのか考えてみた。

天体や星の配置を表すものだったのか。はたまた、言葉がなかった時代のサインのようなものだったのか・・・

とりとめもなく空想に耽るだけだったが、古代から続く紐の歴史に想いを馳せるだけで不思議とワクワクするような高揚感に満たされていった。

新聞のページをめくると、マクラメについての様々な情報がぎっしりと掲載されていて、僕は隅々まで目を通した。

国や土地別で流行っているデザインについて、人気の店について、どこで出店できるかという情報、店の宣伝、マクラメ就職情報、マクラメ技術学校情報・・・

あらゆる情報の中で毎回楽しみにしているのは、裏面の蜘蛛の巣街マップだ。

蜘蛛の巣街は紐の魔術専用の街で、街の案内はもちろん、マクラメ関係のたくさんの出店リストが載っている。それをチェックしながら街を散歩した気分になるのが僕の日課だ。

つい最近までブラックタペストリーという、国の大きな組織が運営するマクラメの工場に勤務していた僕にとって、蜘蛛の巣街をぶらぶらと歩きながらマクラメの店を巡り、自分の創作欲を刺激し、そして自分もまた創作活動に打ち込めるような、そんな生活は憧れそのものだった。

工場の勤務時間は 8 時から 5 時で、ひたすら決められた編み目パターンを編み続ける。 保障された給料だけが唯一の魅力で、仕事のやりがいも面白さも、正直言って僕には感じられず、ただただ退屈な日々を過ごしていた。

半年もったのが自分でも驚くぐらいだったが、人によっては半年しか続けなかったなんてと眉をひそめるだろう。とにかく僕は、半年後に工場を辞めた。

そして、僕はマクラメアーティストとして、人生の新たな一歩を踏み出したのだ。

蜘蛛の巣街の周辺には7つに区分けされたマクラメ市場が点在しており、申請が通れば出店する事ができる。

駆け出しアーティストの僕でもどうにか申請が通り、7 つのマクラメ市場のひとつ、マクラ

メ第 3 地区の一区画を与えられ、小さな店を構える事になった。

マクラメ第 3 地区、通称「三つ編み市場」には熟練の職人や、新進気鋭のマクラメアーティストがこぞって店を出している。

そんな中で、僕は工場で習った基本的な編み技術しか知らない。

市場に出かけてみれば、創造性に富んだ作品がたくさん並んでいて、僕は圧倒された。彼らと同じ土俵で勝負しなければならないのだという現実を突きつけられ、焦りと不安を感じた。

ライバルたちへの憧れの気持ちと、嫉妬の思いで、僕の心はいつになく激しく揺さぶられるのだった。

それでも、自分の店を持てるというのは、例え小さくても誇り高い事だ。

初めて店を出すその日、僕は気合を入れて机に向かい、昨晩編んだマクラメの続きを編み始めた。

石の周りをマクラメ編みで囲い込み固定する。そこに紐を通してペンダントに仕立てる。同じ作業の繰り返しだが、好きな音楽を聞きながら編むこの時間が、僕はとても好きだ。無心で作業しているうちに、気付けば出掛ける時間になっていた。僕は慌ててカバンを引っ掴み、作ったマクラメ作品を詰め込んで、三つ編み市場へと急いだ。

三つ編み市場の、僕の出店区画はいつも決まっているわけではない。場所は早いもの勝ちで、人通りの多い人気の場所から早く埋まっていく。

「はい。38 番ね」

息せき切って市場に到着した僕に、市場の入り口に立った無愛想な男が受付番号を手渡し

た。目ぼしい場所を探して、うろついたが、もうあまり良い場所は残っていなかった。仕方がないので、適当な場所でカバンを広げ、地面に布を敷き、持ってきたマクラメの品々を並べた。

あっという間に準備が終わってしまったので、僕はお客がやってきて賑いはじめる時間まで三つ編み市場を散策することにした。

個性的な店が沢山並んでいて、眺めて歩いているだけでワクワクする。動物の牙や歯、骨、羽を編み込んで販売している店。

キラキラと輝く高価な宝石を編み込んでいる店。

木ノ実や種に穴を開け、そのビースを使ったマクラメ作品を取り扱っている店。ペルーのキープと呼ばれる紐文字を使って占いをしている店。

ケルトノットのモチーフでマクラメ編みをしている店。

中国風の結びや日本の結びをマクラメに取り入れたものや、椅子やカーテン、鏡、ゆりかごにマクラメで装飾したもの。

髪にマクラメ編みを施すヘアアーティスト。

あやとりとマクラメ編みをかけあわせた路上パフォーマンス・・・

まるで結び目のテーマパークみたいだ、と僕は愉快な気持ちになった。

しばらくすると、僕が作品を並べた通りにも客足が流れ込んできたようで、僕は慌てて持ち場へ戻った。

「あら、これ素敵ね。おいくら?」

30 代くらいだろうか。マクラメ編みのバックを持った品の良さそうなご婦人がペンダントを指差して僕に聞いてきた。

「3,800 ノットになります」

この国の通貨の単位は紐の結び目の数を表すノットだ。

3,800 ノットでペンダントが買えるなんてかなりお得なはずだ。すると隣から声がした。

「ご婦人。その編み目では2、3回使ったらすぐに解けて使い物にならなくなってしまいますよ。石も天然物じゃございません。僕の店は正真正銘の本物の石を取り扱っていますし、マクラメ編みの技術も国に認定されていますのでお墨付きです。価格も 3,200 ノットとお安くしますよ。こちらの石なんかはいかがですか?ご婦人にお似合いだと思いますけど。」

口を挟んできたのは、隣で出品していたアレハンドロという僕と同い年の男だった。この市場では僕よりも1年先輩だ。

ご婦人は申しわけなさそうに僕のペンダントをそっと元に戻すと、隣の店で品定めを始めてしまった。

「じゃあ、こちらにするわ」

ご婦人は隣の店で買い物を終わらせて去ってしまった。

僕はご婦人が完全に去るのを見送ってから、アレハンドロに言った。

「この編み目ではすぐに解けてしまうっていうのも、僕の石が本物でないってのは本当かい?」

精一杯の嫌味を込めて聞いたつもりだったが、アレハンドロは涼し気に答えた。

「いや、君のマクラメ技術のことなんかよく知らないね。まぁ、石も本物だろうね」

「じゃ、なんであんなこと言ったんだよ」

「ここは商売する場所、お客を取り合うのは普通だろ?これが俺のやり方さ」なんてやつが隣に来てしまったんだ!

僕はその日、アレハンドロの店の価格に負けないようにうんと値段設定を安く表示し、彼の巧みなトークで客が取られないように、ビクビクしなければならなかった。

こんな事が数か月の間に何度も繰り返されて、僕は疲れ切ってしまった。

これがこの市場で生きていくためのやり方なんだろうか?

工場を辞めて自由な人生を求めてここに来たけれど、現実は甘くない。

夢を見て、憧れを抱いて、店を出した。自分の作品を気に入って買ってくれる人が次から次へと現れると信じていた。しかし、現実は価格競争と値切りの毎日。

自分の分身とも言える作品たちの価値が下がると、まるで自分自身の価値まで下がっていくように感じられた。

好きなものを自由に製作し生きていくという憧れの暮らしは、だんだんと、売るためのものを作る作業になっていった。

僕の元には、ついにこんな客が現れた。

「このデザインをどこよりも最低価格でたくさん製作してくれたら君と商談成立だ」

お金欲しさに一瞬引き受けようかと思ってしまったが、僕はすんでのところで自分の心の声を聞いた。

結局それでは 3 ヵ月分の労働力を賃金と交換するだけだ。

僕の作品の価値や、僕自身の価値ではなく、ただの作業に対する賃金を得て何になる。これでは、工場で働いていた時の自分と全く同じで何も変わっていない。

心の声は、そう僕に訴えかけた。僕はこの仕事断った。

「君じゃなくてもいいさ」

客は特に残念そうな顔すら見せる事なく、次の労働力を探すようにあたりを見回すと、あっさりと諦めてどこかへ行ってしまった。

本当は喉から手が出るほど金が欲しかった。しかし、金欲しさに時間を切り売りする作業を続けていては、僕が望む自由へは永遠にたどり着けないだろう。

僕の夢は自由を手に入れることだ。誰の支配下にも入るつもりはない。ただ作りたい作品を作り、それを誰かが喜んで購入してくれる。それが僕の夢なのだ。

この市場は確かに戦いの場なのかもしれない。互いが自分の才能を発揮し、そして勝負する。でも、誰の支配下にも入らないという点で僕たちは自由にマクラメと向き合い生き生きと 創作活動をする仲間であり、同士であり、戦友なのだ。

よし、やり方を変えよう!

僕は気持ちを切り替えて、自分らしい作品って一体どうやったら作れるんだろう、という思いで、その日からマーケットを巡り、その日売れている店のデザインを研究し始めた。

第二話 軸紐通りに続く。。。

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ABOUTこの記事をかいた人

世界を旅しながらマクラメによる作品を製作してきました。制作中に得た気づきなどをマクラメの魔術という視点から日々の生活にどう取り込んでいけるかを研究しそのメゾットをオラクルノット(R)として発信しています。