「竜宮の杖」——深い意識の底から、忘れていたものを持ち帰る
毎年、夏になると制作したくなる一本があります。
海の記憶や、深い水の底にある宮殿を思いながら作る、
「竜宮」シリーズの魔法の杖です。
今年もまた、その一本を作り始めました。
けれど、おそらくこのシリーズは、今回で最後になると思います。
この杖に必要な素材を集めることが、少しずつ現実的に難しくなってきたからです。
最後になるかもしれない一本。
だからこそ、急いで完成形を決めるのではなく、カードから受け取った印と、素材の声を確かめながら制作を進めることにしました。
1、テーマを決め カードを引く
今回の中心となる印のテーマは
心を静め、内側の深い場所に眠る知恵へ降りていくための杖
シンプルにこのテーマ一つで行こうと思っています。
ということで引いたカードはこちら
カードを見ながら思い浮かんだのは、
自分の内側にある「龍宮」でした。
龍宮とは、海の底にある華やかな宮殿であると同時に、私たちの意識の深い場所に存在する世界なのかもしれません。
沖縄で語られるニライカナイ。
海の底の楽園。
龍や蛇の神々が守る水の世界。
そして、龍宮に守られていた教えの伝承。
地上からは見えない場所に、
長い間、大切なものが守られている。
そんなイメージが、この杖のテーマと重なりました。
海の奥に守られてきたものを包み、
必要な時が来たら、外の世界へ運び出す。
今回の杖は、龍宮いう器として制作していきます。
心を静めて自分の内側にある龍宮の城で
海の奥に守られてきたものを包み、守り
外の世界へ運ぶための印や杖としてテーマ考えています。
2、軸の部分のイルカの化石素材を組み合わせる
これまでの竜宮シリーズでは、軸の部分に複数のイルカの化石を組み合わせ、一本の骨格を作ってきました。
使用しているのは、「イルカの布袋石」と呼ばれることもある、イルカが音を受け取る器官に由来するとされる化石素材です。
長い年月を経て化石となった小さなパーツを、一つずつ組み合わせて杖の軸を作ります。
前回は、軸が細すぎたため、ポキッと折れてしまうことがありました。
その経験を踏まえて、今回は21個のパーツを使用。
二重に補強しながら厚みを出し、以前よりも頑丈な骨格に仕上げています。
一つひとつは小さな化石ですが、
それらを組み直すことで、新しい一本の骨格が生まれていきます。
杖の軸となる形。
化石の組み合わせ。
両端に配置する結晶。
そして、その上に重ねていくオラクルノット。
それぞれのバランスが整った時、私の中で初めて「竜宮の杖」になります。
3、接合し、海底の岩礁を描く
軸を接合したあとは、表面の造形と塗装へ進みます。
今回の土台には、海底の岩礁や、長い時間をかけて育った珊瑚礁のような質感を重ねました。
白、砂色、青を幾層にも塗り重ね、
ところどころから深い海の色がのぞくように仕上げています。
イメージしたのは、珊瑚礁に覆われた海底の遺物。
表面には波や岩肌を思わせる、少しごつごつとした凹凸をつけました。
当初は、小さなパールやビーズなどをたくさん配置し、華やかな竜宮城を表現する案も考えていました。
けれど、全体を見直していくうちに、装飾を増やしすぎない方が、この杖の物語に合っているように感じました。
華やかで賑やかな宮殿というよりも、
深い海の底に静かに残された古い神殿。
長い時間を越えて、再び姿を現した祭具のような杖。
そこで装飾は、アクアマリンの結晶と、白いオラクルノットを中心に絞りました。
素材を減らすことで、海底の静けさと、竜宮の神殿のような上品さを残したいと思ったからです。
アクアマリンの結晶は、海の中へ差し込む光や、海底から育つ結晶をイメージしています。
4、編む。そしてまさかの塗装
土台ができたところで、マクラメ編みを重ねていきます。
白いコードは、波や海流、白い珊瑚のように、杖の軸を巡らせる予定でした。
それでは、オラクルノットを編み進めていきます。
カードから現れたシンボルを、一つずつ結びの形へ移していきます。
順調に印が編み上がっていき、最後に残ったのが、
「26番・軸の印」
でした。
実は、この印が今回もっとも悩んだ部分です。
ねじり編みを、杖のどこへ、どのように配置すればよいのか。
そして、結びだけで竜宮の世界をどう表現すればよいのか。
何度も杖の上へ置き、向きを変え、編み直しながら探っていきました。
すると少しずつ、この杖が持つ物語が見えてきました。
最初は、いくつもの龍の鱗のような形を思い描いていました。
ところが、カードに従って制作していくと、完成した形は龍の鱗ではなく、珊瑚の枝のようになったのです。
意図して作ろうとしたものとは違う形。
けれど、杖の上に配置してみると、それが一番自然に馴染みました。
「26番・軸の印」の編み方から、
思いがけず珊瑚が現れた瞬間でした。
5.珊瑚を増やし、装飾を配置する
ここからは、編み上がった珊瑚の装飾を配置していきます。
この作業は、制作の中でも特に楽しい時間です。
どこに置けば一番美しく見えるのか。
どの角度なら杖の流れを止めないのか。
色と形の重心は、どこにあるのか。
何度も置き直しながら、時間をかけて最適な位置を探していきます。
この瞬間は、脳の中の、いつもはあまり使っていない特別な部分が動き出すような感覚があります。
パーツを一つ固定してみる。
そこから新しいイメージを受け取り、さらに別のパーツを作る。
今回は、最初に作った珊瑚を配置したあとで、全体のバランスを見ながら、白い珊瑚を3本、赤い珊瑚を2本追加制作しました。
完成形を最初から決めていたわけではありません。
一つ置くたびに、次の形が見えてくる。
そんなふうに、作品と相談しながら進んでいきました。
6.「竜宮の杖」完成
こうして、「竜宮の杖」が完成しました。
白から淡い桃色の珊瑚は、
海の光や泡、静かな生命の気配を表しています。
深い赤の珊瑚は、
海の奥で脈打つ生命力と、龍宮へ続く道を守る結界の象徴です。
中心に添えた桃色の珠は、
龍宮に秘められた宝珠をイメージしています。
この宝珠は完全には固定していないため、位置を動かすことができます。
その時の気分や、飾る向きに合わせて、好きな場所へ配置して楽しめます。
また、珊瑚もワックスコードで編んでいるため、枝の向きをやさしく動かし、立体的に立ち上げることができます。
両端には青い結晶を配置しました。
海を渡る光が、杖の内側を通り抜けていくような姿に仕立てています。
正面だけでなく、裏側や横から見ても、異なる岩肌や珊瑚の造形を楽しめる一点物の杖となりました。げて立体的にすることが可能です。
裏側には、ほんの少しだけ、珊瑚のようなマクラメ編みがのぞいています。
長い時間、海の中にあった生命の痕跡を、
もう一度ひとつの骨格として組み直す。
そして、その上に珊瑚礁のような白と青の層を重ねる。
今回の制作は、海の底に眠っていたものを再び地上へ持ち帰るような作業になりました。
完成形を先に決めないということ
マクラメを編んでいる時、
「何か違うな」
「どうしてもしっくりこない」
と感じることがあります。
そんな時は、やはり何かが違っているのだと思います。
デザインとして間違っているというよりも、
その作品が向かおうとしている形と、まだ調和していない。
私は、最初から完成形をはっきり思い浮かべ、それをそのまま再現するという作り方が、どうもできません。
けれど、それでも深く制作へ入り込み、手を動かし続けていると、時々、断片的なヒントが映像のように現れます。
「こうかな」
「違うかな」
「では、こちらだろうか」
まるで目に見えない何かと遊ぶように、
調和する場所が見つかるまで、何度もやり取りを続けます。
今回の場合、それは色合いでした。
塗装は何度もやり直しました。
そして、龍の鱗をイメージしていた編み目が、結果的には珊瑚の形になりました。
さらに、すべてを固定するのではなく、動かせる宝珠や珊瑚を残すという形にもなりました。
最初に思い描いた完成像からは、ずいぶん離れたようにも思います。
けれど、制作を続けるうちに現れた形の方が、この杖には自然でした。
深い場所から持ち帰ったもの
龍宮とは、海の底にある宮殿であると同時に、
私たちの意識の深い場所なのかもしれません。
日常の忙しさや不安の中で、私たちは時々、自分が本当は何を知っていたのか、何を幸福だと感じていたのかを忘れてしまいます。
けれど、それらは消えてしまったわけではありません。
海の底で宝珠が守られているように、
意識の深い場所で、再び見つけられる時を待っている。
今回の「竜宮の杖」は、
心を静め、意識の奥深くへ降り、
そこに眠る叡智や、忘れていた幸福を地上へ持ち帰るための杖
として完成しました。
作品を作る過程で、私自身もまた、潜在意識の深い部分に触れ、いくつもの気づきを受け取ったように思います。
カードから現れた印を編み、
迷い、ほどき、再び結び直す。
その過程の中で、自分の内側にあった答えが、少しずつ形になって現れてくる。
今回もまた、杖を作っていたはずが、
最後には杖の方から、私自身の深い場所を見せてもらったような制作になりました。

